鹿と人間の共生って、結局どういうこと?

数年前、ミニデイの前日に仲間のクラシックミニに鹿がぶつかってきて、ボディがベコッと凹んだという話を聞いた。若干の山道ではあったものの、ごく普通の生活圏での出来事だったそうだ。

その時は「ついてないなぁ」で終わる話だったが、今になって考えると、少し意味合いが変わってきている気がする。


先日大阪市内で見つかった奈良県から来たのではと思われる鹿のニュースがあったが、自然を守る、動物と共に生きる。言葉としてはとても美しく、理想的に聞こえる。しかし現実は、そう単純ではない。

鹿の個体数は増え、山だけでなく人の生活圏にまで降りてくるようになっている。

農作物への被害、交通事故、そしてあのミニのように、突然の衝突による物損や人身事故のリスク。これは「自然とのふれあい」なんて生ぬるい話ではなく、完全に生活の中に入り込んできた問題だ。


じゃぁ、「共生」とは何なのであろう。

ただ優しく見守ることなのか。それとも人間側が一方的に我慢することなのか。おそらくそうではない。「共生」とは、お互いの領域を理解し、適切な距離を保ちながらバランスを取ることなんじゃないかと思う。

例えば、鹿が増えすぎれば適正な数に管理する必要があるし、人間側も「ここは野生動物が出る場所だ」という意識を持って行動する必要がある。スピードを抑える、夜間の運転に注意する、そういった小さな意識の積み重ねも立派な共生の一部だ。


あの時、仲間のミニにぶつかってきた鹿も、好きで人里に降りてきたわけではないはずだ。山の環境が変わり、食べるものが減り、結果として人間の生活圏に入り込まざるを得なかった可能性もある。

そう考えると、「人間の生活」と「自然」は完全に切り離されたものではなく、すでに地続きになっているのだと実感する。


ミニのような小さくて古い車を楽しむということは、ただの趣味ではなく、こうした環境の中を走るということでもある。特に我が埼玉県の人は秩父方面にドライブに出かけることもあるので、単なるトラブルとして片付けるのではなく、「なぜ起きたのか」を少し考えてみることに価値があるのではないだろうか。


共生とは、きれいごとではない。時にはぶつかり、時には被害を受けながら、それでも折り合いをつけていくこと。その積み重ねの先にしか、本当の意味での共生はないのかもしれない。

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